クリスの仕事のお供で、産まれて初めて海外に来た。
…と言っても、俺の仕事は事後処理とかの方が多いので、クリスの商談とかに付いて回ることはほとんどない。
1人で表をうろついても誰に追われることもないのは気楽だけど、土地勘がないから迷いそうで、結局ホテルで待機になりがちだ。

けど、そうも言ってられないのが、1人。
今回はイールもいっしょに来ている。
数日がかりの海外行きを、クリスと俺が2人だけで行くなんて、頑として承知しなくて。
だからって仕事につれて歩けるでなし、俺と一緒にホテルで待機の身だ。
退屈この上ないらしく、外へ行きたい、と訴えている。

まぁ、飛行機も猫の姿でカゴ入りだったもんなぁ…。
閉じこもりっぱなしでイライラする気持ちもわかる。
そんな仏心を出したのが、そもそも間違いだったのだけど。



イールが俺の言うことを聞くわけがないのは、ちょっと考えればわかることで。
外へ出て、迷うから一緒にいろよ、と言う前に、彼女はもう鉄砲玉のように駆け出していた。
人ごみにも怯まないちょこまかした動きで、あっという間に俺の視界から遠ざかって行ってしまう。
慌てて追いながら周囲の景色を目に焼き付けようとするけど、無事に戻る自信はもうすでにほとんど残っていなかった…。


――――


クウコウからホテルへ来るあいだもそうだったけど、外は石のまちだった。
道路も建物のみんな硬い石で出来ていて、ニンゲンがたくさん歩いている。
道の真ん中をすごい速さで走っている鉄のかたまり…“クルマ”は、近づくと危ないものだと琴葉が言っていた。
建物と建物のすきまも潜ってみたくなるけど、水の匂いがしてそっちに走った。

たどり着いた先にあったのは、石で出来た池。
覗いてみたけど、魚とかは泳いでいなくて。
ちょんと触ってみたらびっくりするほど冷たかった。
濡れた手先をちょっと舐めて、辺りを見回す。
広場にはやっぱりニンゲンがたくさんいて、でもここにはクルマはいない。

ちょっと安心して池の周りをくるっと歩いたら、向こう側からニンゲンのオンナがひょいと現れた。
お日さま色の髪の毛で、葉っぱ色の服を着ていて、なんか優しそうな顔をしている。
「こんにちは。…ねぇ、猫見なかった?こっちに走ってきてたんだけどな」
にこって笑って話しかけられて、びっくりしてぶんぶんと横に首を振った。
そう…?とオンナは残念そうにいいながら、手に持ってた棒をちょっと振る。
棒の先っぽのふさふさが揺れて、なんだかムズムズした。

「ん〜〜?? ふふっ…ほらほら猫じゃらし〜」
じっと見てたら、オンナがそれに気付いて、楽しそうにまた棒を振ってみせる。
なんか、ぺしってしたい。
したい…けど、どうしよう…。

「こぉら! やっと見つけた」
手をムズムズさせていたら、後ろからそんな風にいって肩をつかむ手。


…ちっ、もう追いついてきやがったか…つまんないの。


――――


道ゆく人に何度か尋ねつつ、たどり着いたのは大きな公園だった。
その噴水の側で、見慣れた黒髪の後姿を見つける。
声をかけて肩をつかむと、悪びれもせず、むしろムッとしたように振り返るイール。

「お前なぁ…勝手に走ってっちゃダメだろ?土地勘もないくせに、ホテルに帰れるのか?」
言われて初めて気付いたように、改めて辺りを見回す。
あー…こりゃダメだな。
実を言えば、俺だってもう自分じゃ帰れそうにない。
少しだけ、こいつに期待したんだけど。

「Hello. Are you a traveler?」
頭を抱えた俺に、柔らかい声で近くにいた女性が声をかけてきた。
明るい金髪、声そのままの穏やかな笑顔。…手には、なぜか猫じゃらしなんて持っている。
もしかして、今までイールの相手をしてもらっていたんだろうか?
(いや…こいつが猫だって、知らないはずだけど)

「はい…この子が、何かご迷惑かけてませんでしたか?」
「いいえ。猫を追いかけていたらここで偶然会ったの」
俺のつたない英語でもどうにか通じるらしく、彼女はそう言って楽しそうに笑った。
俺がホテルの名前を告げると、そこならわかるから、と案内してもらえることになった。

「その前に、一緒にお茶でもいかが?」
「…琴葉。喉かわいた。ミルク」
「ふふ…あなたはミルクね?えー…と」
「ぼく、イール」
俺が何かを言う前に、こちらは俺よりずっと流暢な英語でイールが言い、そのまま二人で話を進めてしまう。
近くのカフェにでも寄っていくのかな…と思ったんだ、その時は。
だから、しょうがないないな、とポケットに財布が入っているのを確認したのだけど。












「琴葉さんは紅茶でよかったかしら?」
「は…はぁ…」
10分後、俺はなぜか、人んち…しかも、なんだかえらくでっかいお屋敷にあがり込んでお茶をするハメになっていた。
初めて会った、旅行者の黄色人種を屋敷に入れちゃうって、警戒心なさすぎですよ、奥さーーーんっ!!

とりあえず電話を借りてホテルにかけ、戻っていたクリスにこの屋敷の住所を告げておいた。
興味を持ったらしく、迎えに来るという。
イールは出してもらったミルクをさっさと片付け、ここのうちの子供たちにまとわりつかれて質問攻めにあっている。
意外にも大人しく、そして楽しげに相手をしている姿は…猫が赤ん坊には絶対爪を出さない姿を思い浮かべさせた。
そんな様子を横目に見つつ、俺は楽しげな女性…リュシーさんの話を聞いている。
俺のヘタクソな英語にも嫌な顔をせず耳を傾けてくれたり、わかりやすい言葉を選んでくれたりと、話していて苦痛はない。
だから、クリスが来るまでの時間というのは、思ったより短く感じられた。



…問題は、招き入れられたクリスが、1人ではなかったということで。
門の前であったので、と言った歳若い紳士…この屋敷の主のエリックさん…がリュシーさんにクリスを紹介する。
リュシーさんは俺とイールをエリックさんに紹介する。
これで帰れるな…とほっとした矢先。

「仕事の参考にもなるので、色々聞かせてもらえないかと、今話をしていてな…しばらく待っていてくれ、琴葉」
…え”?
言うなり、エリックさんに案内されて別室に行ってしまうクリス。
い…いいんですか? そんな、うちの主のわがままに付き合っちゃっていいんですか、ねぇ?
固まる俺に、あら、ゆっくりしていらしてね、と微笑むリュシーさん。

「わーい。イールちゃん、まだ帰らないならこっちで遊ぼーー」
「あ…うん。マスターがまだいるなら、遊ぶ」
一番末っ子らしい、元気な女の子に引きずられるようにして遊びに連れて行かれるイール。



…あのー…いつになったら、ホテルに帰れるんでしょうか、俺たち…?



クリス、最後にちょっと出ただけですが、相変わらずのマイペースです(笑)
付き合ってくださったエリック様に感謝vv

猫じゃらしにワキワキ…というところから、イールは人型のときにも猫の習性がいくらか残っている、ということになりました。
その方が書いてて楽しいです(笑)

エリックさんファミリーの皆さん、うちの子にお付き合いくださって、ほんとにありがとうございました♪

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